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広島地方裁判所 昭和43年(行ウ)21号 判決

原告 鄭道永

被告 広島入国管理事務所主任審査官 外一名

訴訟代理人 山田二郎 外五名

主文

(一)  被告法務大臣が、昭和四三年三月五日付で原告に対してした在留期間更新不許可処分は無効であることを確認する。

(二)  被告広島入国管理事務所主任審査官が同年七月九日付で原告に対してした退去強制令書発付処分を取消す。

(三)  原告の在留期間更新不許可処分取消の訴えを却下する。

(四)  原告の異議申立棄却裁決取消の請求を棄却する。

(五)  訴訟費用は被告らの負担とする。

事  実 〈省略〉

理由

一、 (在留期間更新不許可処分に対する訴えについての判断)

(一)  原告が、昭和四三年一月八日被告法務大臣に対して在留期間更新申請をしたところ、同被告が同年三月五日不許可としたことは当事者間に争いがない。

(二)  原告は右不許可処分の取消を求めているが、〈証拠省略〉によれば、右処分は同月九日には原告に通知されていることが認められ、他方本件記録により右訴訟が提起されたのは同年七月二二日であることが明白である。そうすると、右訴えは三か月の出訴期間(行訴法一四条)を経過した後のものであるから不適法である。

この点につき、原告は、右出訴期間は管理令四九条による在留期間更新不許可処分に対する異議申立を棄却する裁決があつたことを原告が知つた同年七月九日から起算すべきものである、と主張する。原告が管理令四九条による異議申立をしたことは被告法務大臣の認めるところであるが、右申立は特別審理官が、同令四八条七項により同令にいわゆる容疑者に対してした通知について、容疑者がするものであつて、法務大臣の在留期間更新不許可処分に対してするものではなく、右不許可処分については審査請求は認められていない。したがつて、原告の右主張は失当である。

(三)  原告は、予備的に、本件不許可処分の無効確認を求めているので、検討する。

(1)  管理令によれば、在留期間の更新申請があつた場合には、法務大臣は、当該外国人が提出した文書により、在留期間の更新を適当と認めるに足りる相当の理由があるときに限り、これを許可することができる、旨規定してあり(二一条三項)、申請を許可するかどうかは一応法務大臣の自由裁量に属するものと考えられる。しかし、自由裁量といつても、法務大臣の恣意を許すものではないから、その処分が裁量権の濫用にあたると認められる場合には当該行政処分は違法となり、その瑕疵が重大かつ明白な場合は無効となるものといわなければならない。

(2)  原告は昭和一二年七月二八日広島県安佐郡で出生し、以来日本国民として成長してきたが、昭和二七年日本国との平和条約発効後は法一二六号にもとづき在留できるものとして本邦に在留していた。ついで、昭和三二年一一月二一日強姦致傷罪等で懲役四年に処せられ、その刑の執行を受け終つた昭和三六年八月一一日から六か月を在留期間とする特別在留の許可を受け、その後一二回にわたつて期間の更新を受け現在に至つた。その間、原告は昭和四〇年二月三日業務上過失致死罪で禁錮八月に処せられ、道路交通法違反罪で八回処罰を受け、一二回目の更新後の昭和四二年九月傷害罪で略式命令により罰金一万円に処せられた。原告には母親李点伊(五九歳)と六人の兄弟姉妹がいるが、いずれも広島市に居住している。

以上の事実は当事者間に争いがない。

原告本人尋問の結果によれば、前記傷害罪の内容は、原告が同僚のタクシー運転手とけんかした結果によるものであることが認められる。

(3)  右次第で、原告は外国人であるとはいえ出生以来本邦だけに居住して成長し、その肉親もすべて本邦に居住していること、したがつて、原告の在留期間の更新が不許可となるときは、原告は、国外退去処分を受ける結果その家族との別離をきたし、財産その他長期間にわたつて形成したいつさいの生活基盤を奪い去られ、未知の土地に移るという苛酷な結果をきたすこと、原告には前記のような非行があり、模範的な人物であるとまではいい得ないが、昭和三六年以降の非行は原告の運転手という職業から発生したものが大部分で、前回の更新後の非行も偶発的なものであること等の事情にあるので、被告法務大臣が、原告の在留の許否について、従来長期間にわたつてとつていた態度・方針を変更した点について、被告法務大臣から積極的に根拠説明のない本件においては、その当否は極めて疑わしく、結局本件在留期間更新不許可処分は被告法務大臣の裁量権の濫用にあたり、しかも右瑕疵は極めて重大で、かつだれが判断してもほぼ右と同様の結論に到達しうるほど明らかであるというべきであるから、本件在留期間更新不許可処分は無効である。

二、(退去強制令書発付処分取消の訴えについての判断)

被告主任審査官が昭和四三年七月九日原告に対してした退去強制令書発付処分は、本件在留期間更新不許可処分によつて原告が在留資格を有しなくなり、その結果管理令二四条四号ロに該当するにいたつたものであることを前提とするものであることは被告らが自ら述べるところである。

しかし、本件在留期間更新不許可処分が無効なものであることはすでに説示したとおりであるから、右処分が有効なものであることを前提としてされた本件退去強制令書発付処分は、処分の基礎となる事実が存在しないのにされた違法な処分であり、取消を免れない。

三、(異議申立棄却裁決取消の訴えについての判断)

入国審査官によつて管理令二四条各号の一に該当すると認定された容疑者は、特別審理官に口頭審理の請求をすることができ、特別審理官の右認定に誤りがないとの判定に対して法務大臣に異議の申出ができるものとされている(管理令四五ないし四九条)。

ところで、原告は入国審査官によつて管理令二四条四号ロに該当すると認定されたのであるから、右認定の取消を求める訴えを提起することができると解される。

そうすると、原告は、被告法務大臣が管理令四九条による異議申立を棄却した裁決の取消を求める訴えにおいては、処分の違法を理由とすることは許されない(行訴法一〇条二項)にもかかわらず、裁決固有の違法を主張せず、もつぱら原告が管理令二四条四号ロに該当するものではないことを主張するだけであるから、本件訴えは行訴法一〇条二項に反するものであつて、主張自体理由がないというべきである。

四、(むすび)

よつて、原告の主位的に、在留期間更新不許可処分の取消を求める訴えは不適法であるから却下し、予備的に右処分の無効確認を求める訴えは理由があるから認容し、異議申立棄却裁決の取消を求める請求は理由がないから棄却し、退去強制令書発付処分の取消を求める請求は理由があるから認容し、訴訟費用の負担につき民訴法九二条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 辻川利正 北村恬夫 喜久本朝正)

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